働きたくないマンの投資と生活

投資と生活で大切にしたいことなど

他人との比較

たまには、思ったことをそのまま書いてみる。

 

今、自分は5年後の働かない生活に向けて、こつこつとやるべきことをやっている。

でも、同級生や友人が今の自分より給料がよかったり、

自分がやりたいけどできないことをやってたりすると、

羨ましいとも思うし、心のなかでは号泣して悔しがっている。

そんな自分がいる。

 

比べてもしょうがないのはわかってる。

 

これが嫉妬って感情なんだなぁと、

意識できたのは初めてかもしれない。

 

嫉妬の罠に引っ掛かってしまうところだった。

これまでも沢山の人が、お金持ちや理想を求めて、

罠にはまってしまったんだと思う。

 

こんなことがあって、妻に思いきって話してみた。

以前の僕なら、恥ずかしくて話せなかったかも。

「これからでしょ」と言ってくれた。

とても嬉しかった。

 

何気ない一言で救われることが最近多い気がする。

誰かの言葉を素直に受け入れられる自分であり続けたい。

 

ツイッターもそうだけど、自分の気持ちやぐちゃぐちゃになった思考を

吐き出せるところがあるのは、すごくありがたい。

ツイッターはすぐに流れて消えていくけど、

ブログは結構残るし、あとから見返すこともできるから、

過去の自分を見られるのがすきだ。

 

それに、いろんな人の素のこころに触れられることも。

全く知らない誰かだけど、文だけだけど、

その人であることが感じられるのは不思議。

 

画面を通して、こころが開かれているんだなって思う。

 

ただ書いているだけで、すごくスッキリした。

幸せを実感するのはいつか?~心の余裕を持たせるために~

こんにちは。

 

幸せを実感するのはいつか?

とても抽象的な話になってしまいますが、

幸せを意識して実感できるようになると、心に余裕ができると思っています。

 

私の結論としては「幸せは後から気がつくもの」だと思います。

 

どうしてそう思うのか、幸せそのものについて、

幸せを実感するにはどうしたらいいのかも考えてみたいと思います。

 

幸せになりたいと思っている方の参考になれるように書ければ嬉しいです。

 

 

幸せとは

あなたは最近幸せですか?

他人から見たら小さいかも知れないけど、

あなたが幸せだと感じたものは、あなただけの幸せです。

 

でも、そもそも幸せっていったいなんでしょう?

 

・状態のひとつであることは、何となくわかります。

・物質的なものというよりは精神的なもののような気がします。

・誰かと共有するより、自分一人で感じることが多そうです。

・あとは、時間が関係しているように思います。

・それに、何が幸せかは決まっていなさそうです。

・しかし、満足していることではないでしょうか?

 

う~ん、一度まとめてみましょう。

幸せとは、満ち足りた時間を自分が感じている状態、というのはいかがでしょうか?

 

分かるような分からないような感じですが、私的には納得できるものになりました。

みなさんはどう感じますか?

 

幸せについてもうひとつ気になることがあります。

いつ幸せを感じるかです。

 

 

実感するのはいつか

さて、多くの方が幸せになりたいと願っていますが、

幸せを実感するときはいつだと思いますか?

 

私は、どんなときも出来事の後だと思っています。

後からというのは、

例えば、花束をもらったとしましょう。

 

もらった瞬間はまだ幸せを感じられていません。嬉しさ楽しさが勝っています。

その後落ち着いて、もらったときのことを思い返す、

このときに幸せを実感として感じられるのではないでしょうか。

 

もう1つ例をあげます。

気持ちのいい日に、親子で公園にきました。

何気ない日常です。でも、はしゃいでいる子供の姿をみて、何でもない日に、ふと幸せだなと感じることがあると思います。

このときも、子供をみて、一緒にいる時間を感じたあとで幸せを感じていると思います。

 

私たちは、幸せになれば、幸せを感じることができると考えてしまいがちです。

しかし、幸せを呼ぶ出来事は日常的に起きていて、それに気がつくかどうかの問題だとしたらあなたはもう幸せなのではないでしょうか?

 

何気ないことの幸せは今からでも感じられそうです。

まずは、今までの人生を思い返すのはいかがでしょう。

どんなに小さいことでも、自分が勝手に感じたり思ったりしたことでもいいので、嬉しかったことや笑ったこと、普通なことをみつけたら、見つけたことを肯定するんです。

見つけられたことがもう幸せです。

笑えたこと、嬉しさを感じたこと、何でもない普通なことがすでに幸せです。

 

幸せだったんだと感じることが、幸せを実感する一歩になると思います。

 

なぜ心に余裕ができるか

過去から幸せを感じられるようになると、

その経験を現在にも応用しやすくなりそうです。

そして、幸せをいつでも感じられるようになることで、

精神状態がポジティブになっていくと、私は思います。

 

その結果、日常的に幸せを感じられるので、気持ちが落ち着くし、機嫌が良いときが増え、心に余裕ができるのではないでしょうか?

 

余裕のないときは、周りが見えなくなっていることが多そうです。

それで、焦ったり、失敗することを考えて不安になったりします。

 

そうなる前に、小さな幸せを思い出せるよう、お気に入りのものを使ったり、美味しいお茶を飲んだりして、リセットできる仕組みを作ることをおすすめします。

 

ちなみに私は、想像でバカンスにいったり、豆から挽いてコーヒーを淹れたりしています。

 

《余談》

 

私は、最近まで幸せってなんだろうって思いながら生きてきました。

幸せってよく分からないと思っていました。

 

でも、色々なことを経験して、今回書いたような幸せ論が構築されました。

 

私の今までの人生は、とても運がよかったと思います。

生まれや育ちは誰もが異なりますが、そんな誰かの参考になれば嬉しいです。

 

決断疲れにはこちらを

 

u-turn-man.hatenablog.com

 

ストレスで辛いときにはこちらを

 

u-turn-man.hatenablog.com

 

決断疲れの対策~朝食はフルグラヨーグルト~

 

こんにちは。

 

この記事では、私の決断疲れの対策その効果をお伝えします。

 

対策

表題にある通り、毎日の朝食はフルーツグラノーラにヨーグルト、ソイミルクティーに決めています。

この生活を約5年続けています。

 

朝食に決めたのは、昼食や夕食は外食することもあり自分だけで解決しにくいからです。

また食べることは、毎日行われることだからです。

毎日、3回判断していたものが、2回になる。

 

1日 3回→2回

30日 90回→60回

365日 1095→730回

 

一年で365回の決断がなくなります。

10年20年と続いたらかなり時間を確保できそうです。

 

よくお年寄りは「美味しいもの食べにいこう」と言いませんか?

反面、主婦は「ご飯何でもいいって言われて困る」と言いませんか?

食というのは、楽しみでも悩むものでもあるとも言えそうです。

 

食を楽しむときは良いのですが、毎日考えるのはかなり疲れると思います。

1食でも決まっているとかなり楽になるはずです。

 

あなたは、決めることはストレスだと思いますか?

私は、ストレスだと思います。

なので、意識的に決めないように、それほど重要でないことは基準を作ることをおすすめします。

 

私の場合

 

・ヨーグルトは食べたい

・簡単にすぐに用意できるものがいい

・温かいものは飲みたい という基準がありました。

 

それに当てはめて、試行錯誤した結果、現在のメニューに落ち着きました。

 

効果

朝食が決まっているだけで、どんな決断をしなくなったか

 

・朝食を何にするか決めなくていい

・朝食を作らなくていい

・無くなったら買えばいいし、買うものが決まっているので悩まない

・洗い物も最小限

・パートナーに朝食をリクエストしなくてもいい

 

すぐに思い付くだけでも、5つあります。

朝食を決める決断をしただけで、少なくとも5つの決断をする必要が無くなりました。

1つの決断が、5つの決断を減らしてくれました。

 

ジョブズのように毎日着る服を決めれば、さらに5つ減らすことも可能ですね。

 

他にも、自分にしか効果が及ばない範囲で決めていけば、より多くの決断を減らせるでしょう。

 

先程の、1年で365回決断しなくなったことと合わせると、さらに減らせそうです。

 

「自分にしか効果が及ばない範囲」と言ったのは、

その習慣を作りたいのは、自分だからです。

他人に強要するものではありませんよね。

 

また、気の合う人たちとあれこれ迷いながら、判断するのも楽しいです。

判断する、選ぶという行為は、楽しみでもあると考えます。

なので、自分の好きなことや趣味にまで何かを決める必要はありません。

好きなことや趣味の時間をより有意義にするために、他のことを決めるといっても過言ではありません。

 

 

《最後に》

 

私たちは毎日沢山の決断をしています。

決断と聞くと、「大金を動かす契約」や「結婚」など大きなものを想像してしまいますよね。

でも、判断と言い換えるといかがでしょうか?

朝起きてから寝るまで、何をしよう何を食べようの連続ではないですか?

 

大きな決断・判断をしたあとは、どっと疲れることが分かります。

しかし、小さな判断だと分かりにくいと思います。

夜になって、「なんか疲れたなぁ」と感じることありませんか。

それは、積み重なった決断疲れかもしれませんよ。

 

毎日何かに悩んでると思ったら、何か基準を作り決めた行動、行為をしてみてはいかがでしょうか?

 

「ユダヤ人大富豪の教え」読んだ感想                                          

こんにちは。

 

みなさん、読書してますか?

最近は「ユダヤ人大富豪の教え」を繰り返し読んでいます。

 

最初に見たときは、「よくある、お金持ちになるための本ね(笑)」

と思いました。

しかし、改めて見たら、結構刺さることが書いてあり、毎日読むことになってました。

現在、3回目くらいです。

 

特に面白さを感じたのは2つです。

 

 

 提供したサービスの量と質=受けとる報酬額

 

当たり前に聞こえますが、読んでいく内に違和感を感じました

 

私は現在サラリーマンです。

サービス業なのでお客さんと直接関わり対価を受け取っています。

しかし、私に直接払われているわけではないんですよね。

海外ならチップで直接報酬を受け取れることがありますが、

日本ではあまり見かけません。

 

お客さんが支払ったお金は、一度会社にいきます。

そして会社から私たちに支払われているのです。

 

ここが違和感を感じたところでした。

私たちが報酬を受けとる所はお客さんではなく会社なのです。

間接的にお客さんから受け取っていますが、目の前のお客さんにいくら尽くしたところでほとんどの場合なにも受け取れません。

むしろ、会社のためにいいこと、社長のためになること、自分より上の立場の人を気持ちよくさせたほうが、受け取れることは多くあるように思います。

 

だからといってお客さんを雑に扱っていい訳ではないと思います。

そこでの活躍を目にした方が声をかけてくださり、直接スカウトされたこともあるからです。

わたしもその一人です。

 

会社に入るのはあくまでも保険。

自分が叶えたいことのために学ぶ場所であると考えれば、

いい方向に動き出します。

 

私個人として誰かにサービスをして報酬を得られるようにしていこうと決意した部分でした。

 

 

幸せに成功したければ、自分らしい人生を生きることに集中して、お金のことや成功することを忘れることが大切

 

自分らしく生きることって、案外難しいです。

かつ、お金や成功することを忘れるなんてどうしたらいいんだと 最初考えました。

しかし、読み込んでいくにつれ、熱中すること没頭すること楽しむことだとわかりました。

そうしている間はお金や成功のことを考えていないからです。

間違っても出来なくても、できるまでやりたいと思うし、なぜ間違ったのか探しはじめます。

楽しんでいる内に、自分が一番詳しくなっていたり、誰かに教えている経験てこれまでなかったですか?

そういうことなんだと思います。

 

自分が周りの人より抜きん出たときに、どう仕事として関わっていくか。

もしくは、今の仕事の楽しい所をどう追求してくか。

 

近年、マインドフルネスが流行っていましたが、今に集中することが大切なんだなと改めて感じました。

 

≪余談≫

 

読書の感想を書いていて思うのは、「改めて感じることが多い」点である。

「改めて感じるのこと」は、わかってはいるけどできてない、忘れていたことが大半ではないでしょうか。

そこを思い出させてくれるのが読書なんだと発見することができました。

読み続けることで何回も思いだし、定着していく。

必要なことは繰り返していきたいです。

「無意識」に働きかけるのに、音楽がよいと思う理由

こんにちは。

 

みなさんはどんな音楽を聞きますか?

また、どんなときに聴きますか?

 

意識的に聴くこともあれば、無意識に聞いていることもあると思います。

 

そんな音楽によって、無意識を変化させられるのではないかと考えました。

 

その理由は3つです。

 

・歌詞とメロディーがセットになっている

・自然と覚えている

・流して聞ける からです。

 

生きる上で無意識に思うことが、どんなに大切か最近実感しています。

無意識を変えることが、自分を変えることに繋がると信じています。

 

そこで、今回のテーマになりました。

 

《なぜ「無意識」なのか》

 

それは少し前に読んだこの本の影響があると思います。

ざっくり紹介すると、

・人は「無意識」で判断していることが多い

・この「無意識」を鍛えれば、自分のやりたいことが叶いやすくなる

・そのために、著者が見聞きした成功した人たちに学んだ鍛え方が書いてある

本です。

 

私たちは、無意識によって物事を判断してることが多くあります。

生きる方向性が決められていると言ってもいいかも知れません。

 

簡単に言うと、

「自分はつきがない」と思っていると、つきがない人生になり、

「自分はつきがある」と思っていると、つきがある人生になります。

 

また別の言い方をすると、見方と意味付けが異なってくるということです。

 

          「1」

 

括弧内は一体なんでしょうか?

 

私は数字の1だと思います。ただの1。

この1は良いですか、それとも悪いですか?

よくも悪くもないと思います。

 

つまり、私たちに起こる出来事も、そのまま見ればその出来事でしかありません。

出来事をどんな風にみるのか、考えるかが全てではないでしょうか?

 

普段、どんな風に物事をみているか思い返してみてください。

自分の考え方の癖が発見出来るはずです。

 

私はこの「癖」が、無意識に通じていると思うのです。

なので、もし、「ツキがよくなりたい」と思ったら、

ツキがいい人の考え方、口癖、行動などを真似てるといいのではないでしょうか。

 

自分の外から加わる刺激は考えているよりも強力なものです。

 

 

 

≪自分を動かせるような音楽に出会う≫

 

そこで音楽の力が大きいんじゃないかと考えます。

 

・心地のいいメロディーやリズム

・いつのまにか覚えているサビ

・感情を動かされる歌詞

 

これらの要素を自分の動機付けに使うことが出来れば、

非常に強い武器になると思いませんか?

 

アスリートなども音楽を聞いて気持ちを整えるって言いますし。

「君はラッキー」「何でも出来る」「失敗は成長だ」

とか普通に言われても,照れ臭いし、入ってこないことの方が多いです。

 

でも音楽なら、不思議と入ってくる。

歌詞も覚えるし、口ずさんでることもある。

繰り返し、繰り返し、自分に言い聞かせれば、

そんな歌詞通りの自分になってたりします。

 

だから、自分に合った音楽を見つけて欲しいと思います。

 

また、好きな音楽を見つけると、その音楽が好きな人とも交流することが出来ます。

その人たちと、何が好きで、どんなところが良いか話し合う。

すると、自分になかった発見を知ることが出来ます。

よりその音楽が好きになり、なりたい自分になることを加速させられます。

 

≪終わりに≫

 

人は無意識によって、自分が思っているより支配されています。

無意識をコントロールすることは出来なくても、

方向を決めることは出来るのではないでしょうか。

そのために、私は音楽が有効なのではないかと考えました。

 

視覚、聴覚、嗅覚、は意識せずに私たちに情報を与えてきます。

これらの感覚に何を与えるかで、

生活の気持ちよさが大幅に変わるのではないかとも考えます。

ストレスでつらいとき苦しいときの対処法

こんにちは。

 

皆さんはストレスをどう対処していますか?

会社でのストレス、パートナーとのストレス、自分とのストレス。

様々なストレスが私たちを襲います。

 

うまくストレスが解消できないで困っているかたや新しい解消法を探しているかたの助けになればいいなと思います。

 

そこでストレスに対してどんな風に私が対処してきたのかお伝えします。

 

私の対処法は主に3つ

  • 運動
  • 想像、描くなど表現
  • 泣く です。

順番にお伝えします。

 

≪運動≫

 

私は小学生から大学まで部活に入っていたので、運動しないことがストレスになってしまいます。

軽く走ったり散歩するだけでも気分が変わりますが、一番いいのは、なにも考えられないほど体を動かすことだと思っています。

 

運動が苦手でも得意でも、自分の体力の限界まで体を動かします。

やり方はなんでもいいです。

走っても、踊っても、筋トレでも、めちゃくちゃに動いても、

限界まで動くことが大切です。

 

すると

「なんでこんな苦しいことしてるんだろう」

「辛い、やめたい」以外の考えが出てこなくなります。

 

そのとき、あなたは体を動かしていることしか考えていないことに気づいたでしょうか?

それまで考えていた、嫌なことや失敗や怒られたことは考えていないのです。

頭が空っぽの状態になることで、ストレスの原因から離れられます。

 

一度考えがリセットされること、ストレスで溜め込んだものを体を動かすという方法で

外に排出すること。

このことがストレスを対処してくれると思います。

 

≪表現≫

 

今度は精神的な対処法。

 よくやるのは、想像することと絵を描くことです。

 

想像の世界

 

南国のビーチに座っています。

白い砂浜、透き通るような青く穏やかな海。

半袖でも過ごせるけど、カラッとして不快じゃない気温。

ゆっくりとした時間、穏やかな気持ち。

そのうち誰かが迎えに来て一緒に帰る。

 

こんな流れで想像の世界にいき、落ち着きを取り戻しています。

 この世界を絵にして飾っておけたらどんなにいいだろうといつも思います。

想像するのは、あなたの理想の世界がいいと思います。

それぞれ違った世界になって大丈夫です。

落ち着ける世界、幸せな世界を想像して、一度現実から離れてください。

その世界はあなただけの場所、誰にも邪魔されませんから。

 

次に絵を描くことですが、模写とか風景画じゃなくていいです。

私も絵は得意ではないのですが、何か描くのは好きです。

ストレスで発散するのに描くのは直線や曲線です。

感情のままに心のままに描いていきます。

今ならこんな風になりました。

 

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これも描くたびに変わっていきます。

自分が「よし」と思ったところでやめていいです。

これも正解や完成はあなた次第。

 

これまで描いた経験からだと、気持ちが荒んでるときは線が多くびっちり描かれているように感じます。

普段から描いていると、ストレスを測るバロメーターにもなるのでおすすめです。

 

表現の方法はたくさんあります。

歌でも、楽器でも、動きでも、自分のうちにあるものを外に出すのが表現です。

誰かのためではなく自分のために自分を表現してみてください。

新しいあなたに出会えるかもしれませんから。

 

≪泣く≫

 

シンプルに泣いてください。

辛いときは映画とか見る気持ちにもならないし、感動で涙活とか言うけど、本当にきついときはそんなの考えられない。

 

ふとしたときに涙が出るし、ちょっとしたことでショックを受ける。

人前じゃ恥ずかしいから、ひとりの時に思いっきり泣いてください。

全部全部涙にのせて、泣いた分だけ救われると思って。

なんなら辞めてやる、いつか見返してやるとか思って。

泣いたあとは、新しい自分になっていますから。

 

私は溜め込むタイプなので限界を越えると、涙が出てきます。

「あぁ、こんなに限界だったんだな。辛かったんだな」

ってこのとき気がつきます。

そこで我慢しちゃうと余計に苦しくなるので、自分にとってストッパーができてよかったと思います。

 

 

以上、私の対処法でした。

 

≪余談≫

他にもシャワーを流しながら汚れと一緒に疲れや嫌なことを流したり、

湯船のお湯に溶かしたり、風に飛ばしたり、いろんなことをやっています。

 

ストレスの対処法って、ストレスを違うものに変えて外に出すことなのかなって思いました。

なので、あなたの心が赴くままに外に出しちゃってください。

最初は恥ずかしかったり、なにしてんだろって思うこともありますが、

そこで心が少し軽くなっているのを感じてもらえれば嬉しいです。

 

私の経験が少しでもあなたの心を軽くできますように。

障害のある方との接し方

こんにちは。

 

今日は障害のある方との接し方を考えたいと思います。

結構デリケートな部分かもしれないので、読んでいる途中で嫌な気持ちになったり、悲しくなったりしたら、すぐに閉じてください。

 

≪想い≫

この記事を書く理由は2つあります。

 

1つ目は接し方を考えるきっかけを作るため。

2つ目は障害のある方の家族に少しでも安心を届けたいため。

 

どちらも自己満足の理由ですし、当人たちには余計なお世話だと思われるかもしれません。それでも、障害を取り巻く環境の悩みや不安の参考になれば幸いです。

 

≪前提≫

コミュニケーションをとるのが難しい障害のある方たちとの接し方、考え方です。

 

≪自分も当事者になる≫

 

まず、私たちはどんな風に障害のある方を見ているでしょうか?

かわいそう、気持ち悪い、大変そうなど、ネガティブな目線でみることが多くありませんか?

さらに、付き添っている家族の方にも同じような目線でいることが多い気がします。

 

障害のある方も僕たちと同じ人間です。

しかしこの言葉の裏には、明らかに区別があると思います。

実際には自分たちとは違うから、接し方が分からない。

コントロールできないから怖い。

残念ながら、そんな気持ちが生まれてしまうことがあります。

 

ふと気がつきました。

もし自分が障害を持っていたら、もし自分の子供が障害を持っていたら、

もし妻が障害を持ったら、、、

今、目に写っている方々が自分たちになる。

それに気がついたとき、「障害を持つ生活」の実感を得ることができました。

 

ただ、綺麗事は言えても、実際に行動できるかは別です。

私は、接客業に従事しているので、そんなお客様と接する機会は多いです。

頭ではわかっているけれど、やはり遠くみてしまうというか、怖さはあります。

そんな自分が嫌になることもあります。

もっと普通に、他のお客様と変わらずに接すればいいと思えば思うほど、

離れていく気がします。

 

≪家族の安心を増やす≫

 

そこで自分なりに考えたことは、障害のある方本人ではなく、その家族、付き添いの方々の安らぎの1つになればいいのではないかということです。

 

本人たちが一番心を開いているのは、恐らくいつも一緒にいる方です。

あまり会わない私たちがいくら頑張っても、限界があると思うんです。

それなら、その家族や付き添いの方々が一時でも、ほっと息をつける時間や場所があることが間接的に本人たちの助けになるのではないでしょうか。

 

 この考えになったのは、あるご家族がきっかけでした。

日曜日に来店されるのですが、いつも時間をずらして来ていただいているように感じます。食べるものはいつも決まっていて、すごく楽しそうにみんな笑いながら召し上がられます。お会計の時、旦那様はいつも、先に出ている奥さまとお子さまを幸せそう顔で

一度見るのです。

 

わたしも幸せな気持ちになりました。

この仕事をしていてよかったとも思いましたし、何より、すこしでも安心を届けられたのかなと感じました。

 

≪最後に≫

 

私たちがみている障害のある方とその家族の生活は、ほんの一部に過ぎません。

自分が考えるより、大変なことも嬉しいこともたくさんあるんだろうと思います。

 

 ピンポイントで接し方を考えるより、障害のある環境を考える方がいいのではないでしょうか。本人、家族、社会、ものなど、広くみれば私たちにできることは意外と多いのではと感じます。

 

 読んでいただき、ありがとうございました。

私の考えは、正しいわけでもありませんし、もっといい考え方、接し方があるかと思います。

これからも自分にできることはなにか、求められていることはなにか考えていきたいです。

 

≪余談≫

 

久しぶりに投稿させて頂きました。

最近、簿記の勉強やら他のブログやらで、あまり更新できませんでした。

けど、ネタ集めはしてますので、細々と続けていきたいです。

 

皆さんのブログは楽しく読ませていただいています。

いつもありがとうございます。