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障害のある方との接し方

こんにちは。

 

今日は障害のある方との接し方を考えたいと思います。

結構デリケートな部分かもしれないので、読んでいる途中で嫌な気持ちになったり、悲しくなったりしたら、すぐに閉じてください。

 

≪想い≫

この記事を書く理由は2つあります。

 

1つ目は接し方を考えるきっかけを作るため。

2つ目は障害のある方の家族に少しでも安心を届けたいため。

 

どちらも自己満足の理由ですし、当人たちには余計なお世話だと思われるかもしれません。それでも、障害を取り巻く環境の悩みや不安の参考になれば幸いです。

 

≪前提≫

コミュニケーションをとるのが難しい障害のある方たちとの接し方、考え方です。

 

≪自分も当事者になる≫

 

まず、私たちはどんな風に障害のある方を見ているでしょうか?

かわいそう、気持ち悪い、大変そうなど、ネガティブな目線でみることが多くありませんか?

さらに、付き添っている家族の方にも同じような目線でいることが多い気がします。

 

障害のある方も僕たちと同じ人間です。

しかしこの言葉の裏には、明らかに区別があると思います。

実際には自分たちとは違うから、接し方が分からない。

コントロールできないから怖い。

残念ながら、そんな気持ちが生まれてしまうことがあります。

 

ふと気がつきました。

もし自分が障害を持っていたら、もし自分の子供が障害を持っていたら、

もし妻が障害を持ったら、、、

今、目に写っている方々が自分たちになる。

それに気がついたとき、「障害を持つ生活」の実感を得ることができました。

 

ただ、綺麗事は言えても、実際に行動できるかは別です。

私は、接客業に従事しているので、そんなお客様と接する機会は多いです。

頭ではわかっているけれど、やはり遠くみてしまうというか、怖さはあります。

そんな自分が嫌になることもあります。

もっと普通に、他のお客様と変わらずに接すればいいと思えば思うほど、

離れていく気がします。

 

≪家族の安心を増やす≫

 

そこで自分なりに考えたことは、障害のある方本人ではなく、その家族、付き添いの方々の安らぎの1つになればいいのではないかということです。

 

本人たちが一番心を開いているのは、恐らくいつも一緒にいる方です。

あまり会わない私たちがいくら頑張っても、限界があると思うんです。

それなら、その家族や付き添いの方々が一時でも、ほっと息をつける時間や場所があることが間接的に本人たちの助けになるのではないでしょうか。

 

 この考えになったのは、あるご家族がきっかけでした。

日曜日に来店されるのですが、いつも時間をずらして来ていただいているように感じます。食べるものはいつも決まっていて、すごく楽しそうにみんな笑いながら召し上がられます。お会計の時、旦那様はいつも、先に出ている奥さまとお子さまを幸せそう顔で

一度見るのです。

 

わたしも幸せな気持ちになりました。

この仕事をしていてよかったとも思いましたし、何より、すこしでも安心を届けられたのかなと感じました。

 

≪最後に≫

 

私たちがみている障害のある方とその家族の生活は、ほんの一部に過ぎません。

自分が考えるより、大変なことも嬉しいこともたくさんあるんだろうと思います。

 

 ピンポイントで接し方を考えるより、障害のある環境を考える方がいいのではないでしょうか。本人、家族、社会、ものなど、広くみれば私たちにできることは意外と多いのではと感じます。

 

 読んでいただき、ありがとうございました。

私の考えは、正しいわけでもありませんし、もっといい考え方、接し方があるかと思います。

これからも自分にできることはなにか、求められていることはなにか考えていきたいです。

 

≪余談≫

 

久しぶりに投稿させて頂きました。

最近、簿記の勉強やら他のブログやらで、あまり更新できませんでした。

けど、ネタ集めはしてますので、細々と続けていきたいです。

 

皆さんのブログは楽しく読ませていただいています。

いつもありがとうございます。